いつも飲んでいるコーヒーがある。
20代後半までは、
コーヒーという飲み物をそんなに飲まなかった。
(日本酒もそうだけど…)

理由は単純。
うまいと思えなかったから。

しかし…、
そんなコーヒーの価値観を覆すコーヒーと出会う。
アイスコーヒーも、
これまで飲んだことがないくらい、
劇的にうまかった。

(ちなみにこちらのコーヒー↓)

「信州安曇野 Cafe Tamarix」

しかしなんとも、100g500円はいいお値段。
まあ…、
コンビニコーヒーを買うよりははるかにお得だし、
何と言っても、圧倒的に美味しいのですが…。

自粛の中スーパーへ。
ふと売り場で目に止まったコーヒーの豆は、
100g200円程度で売っている。

「どれほどのもんなのだろう…」

というわけで、ちょっと買ってみた。

そして何が分かったかというと…、

「いつものコーヒーの卓越したうまさ」

いつもの=当たり前になっていく。

そうすると、
いつものものがどれだけ素晴らしいかを、
あまり味わっていないことがある。

「いつもの」コーヒーへの
改めての感謝と愛情。

(あ、ちなみにスーパーの豆は、ラテで美味しくいただきました…)

当たり前が増えていく

「そんなのできて当たり前」

できて当たり前のことは、
年々増えていってしまう。

せっかく自分の時間と労力を使ってやっているのに、
「当たり前」って言われると、
力づかないし、モチベーションにもならない。

でもついつい…、
私たちの脳みそは、反応的に…、
「そんなのできて当たり前」
って人の労力を見過ごしていく。

できないことができたとき

子どもというのは、
たくさんほめられる。

赤ちゃんなんて、
手を叩いただけでほめられる。

立っちゃったり、歩いちゃった日には、
この上ない喜びよう。

自転車に乗れた。
漢字が書けた。
掛け算の九九が言えた。

できることは成長につれて増えてくる。

そして、できたことは、
注目されなくなっていく。

チャレンジは難しくなっていく

私たちは能力をつけていくにつれて、
次に身につけるべき能力のレベルは上がっていく。

当然ながら、クリアする難易度は高まっていく。
また、モノによっては、時間が掛かる。

それゆえに、「ほめられる」「評価される」機会が、
年を重ねるごとに少なくなっていく。

その反面、
ちょっとしたミスや、できないことは、
結構定期的にやってきたりする。

個人差はあるものの、
多かれ少なかれ、人からの評価を受けたいという欲求を、
人は持っている。
時々、本当に必要のない人もいるが、
その人は、自分で自分を適切に評価しているし、
自分との戦いに打ち勝っていくことを価値感として持っている。

自分で自分を力づけることが上手い人はいいが、
そうでない人は、人からの評価・承認があった方がいい。
それによって力づく。

感謝を伝えよう

毎日のように、
「会社に来てくれてありがとう」
って言う必要はない。

しかしこれも決して当たり前のことではない。
時間通りに毎日出勤すること。
(今、出勤している人はなおさらだけど…)

健康管理。
時間管理。
自分を律していなければ、
毎日時間通りに出社することはできない。

(状態はさまざまかもしれないが…)

「当たり前」
って思っていると気づけないことも、
例えば、
「入社当時からどのくらいの成長を遂げているか」
とか
「見えないところでどんなことをサポートしてくれているか」
といったところに目を向けてみると、
意外と感謝できたり、評価できることが転がっている。

認めてしまうと成長しないという勘違い

ほめたり、感謝したりすると、
「成長を止めてしまうのでは?」
とか
「調子に乗るのでは?」
という論理を持っている人は少なくない。

ほめたり感謝を伝えると、
確実にモチベーションは高まる。
信頼関係も深まる。

主体性や自発性にもつながっていく。

よって、
「成長につながる」要素をたくさんもっている

「調子に乗る」
調子には乗らせておけばいい。
調子に乗ることそのものが問題ではなく、
調子に乗って何かがおろそかになったり、
何かのミスをすることが問題だ。

その問題が起きる前に、
「調子に乗ること」自体を問題視する人が多い。

今日のまとめ

日常的な「当たり前」に光を当ててみましょう。
そうすると、
気づくことがたくさんあるかも。

日常的な「当たり前」に感謝を伝えてみましょう。
相手の状態や自分との関係性が何か変わるかも。